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2017-09-13

悪夢 – その5

人間、ある種の精神状態というのは長続きしないと思うのです。たとえば緊張状態が続いたとして、慣れてしまってそれが普通になるか、何らかの不調や異常となって身体に現れるか。

私も本番が近付くと常に緊張状態ではあり、周りにナーバスに映っていると自覚してもいるのですが、気が緩む時だってあります。

そんな時に水を差すかのように見た、これまで一番の悪夢。「私の演奏キャリアは、終わった」という最悪のものです。

演奏当日、準備万端で(持ち物に関して。)リラックスするために飲むワインボトルまでしっかり片手に握って、控室に入る私。

すると共演の堀井先生や、スタッフのみんなが集まってきてその赤ワインを飲み始め(ワインにパンを浸しながら食べている人もいる)「やばい。これでは飲みが足りないわ(本番で手が震えてしまう)。」と私は思う。

でもワインを買い足しに行く暇もなく、二重奏のリハーサルへ。ケースから出てきたのはギターではなく、リュート。ソルの二重奏曲は、普通のギターより小さな、古楽器である19世紀ギターで弾かれることもあるのですがそれでもなく、なぜかリュート。弾いたことないけど、何とかなるだろうか。で、出だしのジャラーンをギターでやるようにかき鳴らそうと右手を上げると、ネックが紙で出来ているかの如くぐにゃりと曲がってしまい、全然弾けません。

しかも、準備万端で持参したはずの楽譜が、似ているんだけど別の曲!ああどうしよう。暗譜で弾けるかな、いや無理だ。似たような楽譜ばかりある中を探しているといつの間にか開演時間が迫っていて、共演者(なぜか堀井先生ではなく、関係ないギタリストのAさん)に楽譜がない旨を伝えると、軽蔑したような顔を向けられ。やっぱりAさん、怖い人だっていう噂は本当なんだわ、と思う。

私は焦りながら、とりあえず身支度を、と化粧ポーチを開けます。

なぜか何本も口紅が入っていて、この日のために買ったはずの1本がみつかりません。いつも使っている口紅を間違えて使いそうになるが、違う、これだ!と取り出した、ラメ入りの青い口紅を鏡の前でべったり塗っていると、共演者(なぜかもう堀井先生でもAさんでもなく、むかし共演したことのあるTさん)が、通りすがりにおおっ、すげえな・・・と呟いていく。いや、これはあとから色が変わる口紅だから、いいの。と心の中で私は思う。

次は、準備万端で持参したはずのロングスカートに履きかえようとすると、鞄から出てきたのは後ろだけロングで前は膝下までしかないスカート。実際に、私はスカート部分がこの形をしたワンピースで一昨年前チラシ写真を撮っていますが、これではギターを構えられません。
ガーン。持ってきたはずだから一緒に探してと舞台袖に内線連絡すると、呆れ返りながら、開演したら授業(元の仕事)に戻らないといけないからと冷たくあしらわれます。
(スタッフは仕事と兼任しているのです)

気づくと開演時間はとうに過ぎており、観客達が「へぇ、そんな人には見えなかったのにね」と、演奏会をスッポカした(ことになっている)私の噂話をしています。

結局、私の前半ソロはまるまる待ち時間となり、後半の共演者(結局誰だったのか…)の演奏が終わり、その間に実家(自宅ではない)でも探し物をして疲れ切って戻ってきた私、とても怖いけれど、償いに出口で頭だけでも下げていようと近づくと、顔見知りの方に会い「本日は、申し訳ありませんでした!!」と頭を下げると一言「そうだよね」。
なんでこんなことになっちゃったの?と言いたげに去っていきました。

ほかにも見知った顔が何人も見受けられるので、目が合えば謝ろう、と出口で待つのですが皆、知り合い同士でいつまでもお喋りに興じている。

私は怒られたり責められるでもなく、まるで「居ないがごとく」、完全に存在を無視されているのです。

そして、悟りました。「もう、演奏会を開催しても、誰もかれも二度と来てくれはしまい。」演奏中のど忘れごときならまだかわいいもの。取り返しのつかないとは、このことを言うのだ。嗚呼!

そこで目が覚め、薄闇のなか、いつものように隣で猫が平和な顔して寝ているのを見ながら、今の夢を反芻しました。

巨匠クラスなら「演奏者が急病で倒れリサイタル中止」とかもあるのかもしれませんが、私なんてこんなもの。
というか、常に緊張せよ、とのお告げでしょうか。

それにしてもディテールまで現実で何かしら必ず関連のあるアイテムの繋ぎ合わせで、この創造力はどこからくるのか夢は本当に不思議です。

 

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コメント2件

  • みおう より:

    ごめん、笑った。大丈夫、ギタリストとしてやっていけなくなっても、エッセイストの道があるから。とりあえずは、ワインは二本用意するんだね。(いや、本当は本番前には一本も飲まないのだろうが。)

    悪夢その5と言うなら、この前に四つあるんだね。読んだかなあ。

    • 佐藤 真澄 より:

      あはは、そう言ってくれてありがとう。
      ワインはさすがに1本は飲まないけれど、小さな水筒に詰めて持参しているよ。
      もうそれが安心なの。

      悪夢シリーズは、タグを付けているよ。 http://masuminn.com/tag/mauvais-reve/

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