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2018-03-31

家の遍歴

20代の頃会社のおじさんが読み終えて置いてある週刊文春を手に取っていた時期がありました。おじさん向け週刊誌の中でも、これは女性読者も多かったのではないでしょうか。(今は全然読むことがありませんが…)

その中で毎週楽しみなコラムがいくつもあり、「家の履歴書」というコーナーもその一つ。毎回色々な有名人が住んできた家の間取りを思い出話と共に見開き2ページで紹介するというもの。

雑誌に取り上げられるくらいだからもちろん皆さん引っ越す度にいい家になっていて、家の履歴こそ人生の履歴といわんばかりに出世具合が分かるのが面白かったです。

まぁ私もその当時断熱性のない安普請アパートで一人暮らししていたので、夢を重ねていたのでしょうね。文春にいつか自分も執筆したいと、思ってました。笑

そう、でブログ始めた時、それもどきの事を書こうと思っていたのを思い出したのです。(引っ越しシーズンだからでしょうか)

書いてもいいですよね〜自分のブログなんだから。

私は生まれてから5才までは眼前にネギ畑の広がる市川市の平屋に両親と祖父ともにいました。弟が生まれ、高層住宅が目の前に建ち日照環境が悪くなったことを心配した親が、千葉市の湾岸埋立地に出来たばかりの県営住宅に移り住み、親に文句ばかり言いながら育った10代。

(住環境が子どもの人格形成に与える影響って、絶対あると思う。まぁそれほど恵まれなくても良いエネルギーに向かえば問題ないのでしょうが)

卒業したらどんな形でも家を出るぞーと決めていた学生時代。
長い春休みに2ヶ月近くヨーロッパを旅し、アラブの砂漠の都市にも足を延ばした私はどこでも暮らせる、と思ったし移住型だと自分では思っていたのでした。

卒業後北海道に住んで働いたりしたものの契約が切れ帰ってきて秋、都内の小さな会社の正社員に雇われ、翌年、念願の一人暮らしを開始(家賃66,000円/月)。調布市での生活は8年に及びました。

会社を辞め、沖縄で働き暮らしてみたりもしましたが(今思えば人生最大のバカンスだった)、呼び戻されるように帰ってきて弟と東急目黒線の不動前駅近くのマンション(家賃12万円/月)を借り共同生活を始めました。

そんなに住まないうちに弟が結婚することになり、更新を待たずマンションを出ることに。

でも不動前というエリアがとても気に入っていたので近辺の物件を探すも、私1人の予算では30代女性が一人暮らしするには悲し過ぎるほどグレードが下がってしまう現実に突き当たる。

それでも近所を歩き回っていたら新築工事が終わったばかりと思しきアパートを発見。不動産屋に電話したら一戸だけ空いてるという。大きさの割に家賃高すぎ〜(90,000円/月)だったけれど、翌日内覧したらきっと無理しても決める…、と考えながら家に戻ると。

弟のお嫁さんになる人(当時、大手不動産会社で新築マンションを売る稼ぎ手であった)から物件チラシのファックスが入っていて、「いい中古ワンルームが出たよ」と。

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そのFAXを手に私はまた家を出て外観を見に行きました。歩いて数分、目黒川沿いの大型マンション。古くはあるが、中庭がありヨーロッパのような風情のある建物。そこに住む自分を想像しました。すぐさま先程のアパートの内覧をキャンセルし翌日この部屋を扱う業者に連絡。

自分がマンションを買うなんて発想は全くなかったのですがトントンと購入に向けて進み、難題だった融資審査も、カード払いの遅滞が過去一度もなかったことで奇跡的にクリア。オォ!お陰で月々の返済は賃貸よりずっと安い6万円代(管理費込)。ファックスで紹介してくれた弟のお嫁さんにも1軒目で決めたことに驚かれはしたものの、結果とても楽しく快適に暮らした家でした。

ここで年を取り、おばあさんになってギターを弾きながら丁寧なひとり暮らしをしている自分、を想定してもいたのですが、結婚することになり手放すことになりました。何しろ相手(夫)が戸建て派だったので、大地震への憂いや管理組合の体質への不満、などにも後押しされ。

売却もトントン進んで、次に住む土地探しも1日目で決定し、私は晴れて夫と半々の土地所有者となったのです。

そしてこの狭小地に建つ我が家へと至るわけですが、今後の希望は施設などのお世話になることなくこの家を住み倒すことです。また長い一人暮らしがいつかやってくるのでしょうが、想い出と、あとは共に暮らしてくれる猫がいればきっと何とかなる。と思っています。

※ 人と人、人と猫、人と住む場所の出会いを振り返る時、運命という言葉を使いたくなる。

※ 全然ギターのことが出てきませんがもちろん何時も絡んでいます(18才〜 8年のブランク以外)。

※ 両親はまだ当初の団地で健在ですが、恨み節は撤回し感謝したい。

※ マンション購入でローン融資してくれたりそなさん、感謝の気持ちにより今も私のメインバンクです(って、銀行にとっちゃもう取るに足らない客だろうけど…)

※ いつのまにか移住志向は自分の中から消えていました。

 


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コメント2件

  • みおう より:

    注釈形式できましたね。

    住環境が子どもの人格形成に与える影響ね、うん、あると思うよ。昔の、友達が適当に約束して学校帰りに近所ですぐ遊びが始まった時代と、今の、親がマンションから連れて行って、しかも逐一状況の把握をしていなければならない時代とを比較すれば、それがはっきりすると思う。私はあき地に囲まれた一戸建てで育ちましたが、幼年時代は思い切り大騒ぎできたのが、どんどん周囲にアパートとか家が立ち並んで、知らない(移り変わりの激しい)住民も増え、気を遣わねばならなくなり。。。(しかし、幼少のやりたい放題は今に至るまで影を落とすような)。
    ちなみに、Dijonで最初に住んだところ(studioとアパート。同一の敷地の中にあった)は町の中心から密かに外れた、昔の建物でした。仏文学の授業で、フランスのアパートの「囲み」造りを説明されてもピンとこなかったのが、これで漸く理解できた。そのあとは安普請の近代的な建物ばかり。いや、気に入ったところもあったけどね。
    移住思考は、やりたいだけやったので満足したのでは。何より、猫がいると外国には、止むを得ない事情でもない限り動けませんね。猫は家につくと言うが、人間は猫につく。

    • masuminn より:

      未央ちゃんのところは姉妹も多くて大騒ぎにも拍車がかかったろうね。ホント伸び伸び育ったんだろうな〜と今知り合いになったとしても思うと思う。
      私が遊びに行ったのは2軒目なのかな。割とディジョンの駅から近かった… でも知らないうちに結構引っ越ししてるんだね。
      私はもう賃貸を変わるたびに敷金返金問題とか物件探しもめんど臭くて、今後の人生からそれが無くなったのは嬉しい。という意味では定住思考。
      でも未知の場所で暮らすように旅したい、という前からの憧れは失ってない。実際、猫とそんなに離れては暮らせないのでこれも今後ほぼあり得ないのですが。

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