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2016-12-20

村治佳織さん、1998年頃

YouTubeを開くと、今まで見た動画の関連動画がおススメとして表示されますが、私の画面に表示されるのは、まず猫動画。そして最近はピコ太郎に、ギタリスト。今日、こんな動画がトップに表示されていたので見てみました。

二十歳というから、もう18年くらい前の放送でしょうか。私はこの放送を知りませんでしたが、飾り気のないトークもファッションも、素顔そのままの感じがいいですね。

私が村治佳織さんを知ったのは、この放送よりもちょっと前の、高校生時代。ある平日の夜、私は仕事から帰って一人暮らしをしていたアパートの部屋でラジオをつけると、聞こえてきたのがクラシックギター。仕事から帰るとテレビではなくラジオをつける習慣だったわけではないと思いますが、たぶんその日は偶然ラジオをつけたのでしょう。

私はその頃ギターを全く弾かなくなって数年たっていたのですが、懐かしい音色に、しばしラジオに耳を傾けていました。曲はスカルラッティ。今書きながらなぜ覚えているのか考えたのですが、急いで聴いていたラジカセのボタンをガチャっと押してテープ録音もしたのを思い出しました!演奏に続くインタビューで、弾いていたのは学校帰りにラジオ局に来たという女子高生だと知りました。うわー、今は高校生でこんな上手なひとがいるんだ~といたく感心して、後日、楽器店にいったときに探して彼女のデビューCDを買いました。

その頃から私は実家に置いてあったギターを持ってきて再び、休みの日になると弾くようになりました。
それはその頃のまだ若い私にとって、仕事上のさまざまな我慢ならないものを忘れさせるものであり、これがあるから日々会社へ行くことが耐えられる、と思えるほどの楽しみになっていきました。
それほどまでになるギターを思い出させてくれた存在ということで、ちょうど、この「トップランナー」の頃、1998年ですが、CD発売のサイン会で握手のついでに一方的にお話ししたり、村治さんがアランフェスを弾くオケのコンサートに行って客席から花束を渡したこともあります。しかもレター入り。私も熱かったんです(笑)

本当にその頃は仕事の合間に弾いているのがただただ楽しかった古き良き時代。
それから今に至るまでそりゃもう、やめるやめないだの、純粋にギターが楽しいだけの日には二度と戻れないと思うような長い時期を経たと思います。そんな中ギターが縁のパートナーと出会いもし、私なりに演奏機会も得、やっぱり私の人生の中心にはギターがあってよかったんだろうと思うと、あの日ラジオをつけたのは運命の導きだったのか、なんてことを思いたくなります。

 


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