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2017-10-16

松山文人さん

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photo by M. Fukuda

松山文人さんが14日、難病(急性骨髄性白血病)で53才の若さで急逝されました。

そのたった2週間前には、私のジョイントコンサートに仕事後に駆けつけてくれたというのに。

 

松山さんは私が新米講師としてスタートした時、体験レッスンを見学させてくれるなど大変お世話になってきた方。

どこか小さな会場でコンサートするつもりで共演をお願いしたら、思いがけず松山門下の協力を得て大がかりなすみだトリフォニーホールでのジョイントリサイタル(2016)となって、私には大きな転機でした。

今使用のギターとめぐり逢ったのも松山さんの音を聴いたおかげ。

私のギター人生における恩人の一人であります。

1年近くの準備期間中、度重なる練習やリハで一緒に一つの目標に向かい、先輩ではありますが仲間感覚となっていき。

そんな本番を目前に控えたある日の練習後、松山さんが「ぼくの聖地」と称するカラオケ居酒屋に連れて行ってもらい、歌声を聞いて私は、その歌、アンコールで弾き語りしてください、と半ば強引に決行。ご自身は最後まで、クラシックのコンサートなのにやってもいいものかという迷いがあったようですが、伸びやかな声をホールいっぱいに響かせ、歌い終わって幸せそうだった、松山さん。

コンサートが終わってしばらくして、呑み屋のカウンターで「あのね、いつか東京文化会館で弾きたいって(スタッフに)言ってあるの。だから、それぞれそれまで頑張って、その時はまた一緒に」と言って下さったことが、思い出されます。。

 

息を引き取る日の前の夕、ICUでの面会が叶い「発表会と好文画廊。年内はちょっと演奏できそうにないので、お願いします」との言葉・・・遺言となってしまいました。

 

今週末に迫った発表会。松山さんがアンコールで弾き語りし私が伴奏した、さだまさしの《驛舎》を講師演奏で弾こうかと思ったけれど。

あのメロディー、いや前奏を思い出すだけで、まざまざと あの5月の風が吹くような感覚までもが蘇ってきて とてもまともに弾けそうにありません。

追悼の機会などあればその時にしましょう。

ご冥福をお祈りします。

 

追記:

松山さんは妖精のような人だな…

と、ふと思うことが度々ありました。なんでそう思ったのか、ちょっと思い出し難いのですが。

2018.1.20

松山さんのコンサートでのアンコール弾き語り動画を公開しました。⇨ こちら

 

2019.9.8

講師仲間、スティーブンさんから思い出の写真を送っていただきました。

Version 2

皆若い…笑。8、9年前くらいでしょうか

松山さんのご両親、スティーブンさんと松山さん

松山さん、スティーブンさん、松山さんのご両親

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ありがとうございました。

 

2019.10.14

松山さんの3回忌。故人かつての行きつけのお店に仲間が集い、偲ぶ会を催しました。

下の写真は2007年の松山さんの誕生日。このお店の女将さんが私達の思い出にと、わざわざプリントしておいて下さいました。

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コメント10件

  • みおう より:

    アンコールで弾き語りしてください、と強引に説得した真澄ちゃんの姿が目に浮かびます。
    心底信頼出来る師匠なり先輩なりを持つことは、人生で一番素晴らしいことの一つだと思うけれど、あとを任せられる弟子なり後輩なりがいることは、ひょっとしたら、さらに大きな幸せなのかも知れない。

    松山さんは後顧の憂なしに安らかだと思うよ。私は。

    • masuminn より:

      松山さんは静かな方で。
      弾き語りをやりましょうと言った翌日だったかに、さっそく譜面が送られてきて、「なんだかんだやる気になってるフーミン」と自分でメールに書き添えていたのを思い出しちゃった。
      (ふみひとだからフーミン←これは私が勝手に付けた)

      面白かったんで、そのメール多分まだとってあるけど。

      そうだね、松山さんはお弟子さん達に支えられていたね。お別れの式に集まった顔触れを見ても、幸せだったんじゃないかと思う。

  • スティーブン より:

    松山さんは楽しい音楽家の生活が出来ました。

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    • masuminn より:

      スティーブン、コメントありがとうございます。お元気ですか?
      残念ながら写真はコメント欄に載りません。
      私に送ってもらえたら、この記事に足します。

  • スティーブン より:

    元気です。久し振りですから、真澄さんのメールアドレスが分からないんですが、私のは
    @gmail.com

    • masuminn より:

      スティーブン、写真ありがとうございます。
      送っていただいてすぐに、曙橋のお店で皆で飲んだこと、思い出しました。
      いい写真ですね。
      他にも写真あったら、マラソンのでもいいです。
      ここは松山さんの思い出のページ。
      今もたまにアクセスする方います。
      送っていただけたら、載せます。

  • 武内英公子 より:

    初めまして。松山さんの中学の同級生だった武内と申します。私が大学院生の時に夏休みに富山の実家に帰って塾のバイトをしていた時に偶然再会して飲みに行ったきりだったのですが、その時ギターを弾いていて東京の楽器店でお仕事されていることなど伺いました。飲みに行く約束をして塾の建物の前で待っていてくださった時に、なんというか「ゲゲゲの鬼太郎」のような格好だなあ・・・と思ったことがずっと印象に残っていて、こちらのブログでは「妖精のような人」と書いていらっしゃったので、ちょっと不思議な感じがしました。彼は東京のご出身だったのですね。
    先日実家で片付けをしていて、昔の手紙類の中に松山さんの手紙があったのを見つけたものですから、昨日の朝何気に彼の名前を検索したら、こちらのブログで彼が亡くなっていたことを知り、不躾とは思いながらコメントしてしまいました。長々と失礼いたしました。

    • masuminn より:

      武内英公子さま、初めまして。中学校の時からのお知り合いですか!コメントありがとうございます。
      ゲゲゲの鬼太郎、分かります(笑)風貌はそうでしたね。
      むしろ真逆の、妖精のようなと書いたのは、亡くなった後に思えばですが、ティンカーベルが魔法の杖を一振りするが如く私たちにいいことを残して、スッと去っていってしまったような印象だったからです。

      本当にお酒を飲むことを楽しんでいらっしゃいましたね。お手紙があったとのことですが、整ったとても綺麗な字を書かれますよね。

      この年の夏頃から調子悪そうでした。ご本人はこんな病気とは思わず我慢されていたのだと思います。

      もう3年が経ちましたが、コメントをお寄せいただき、故松山先生のこのページが生き続けているようで、嬉しいです。ありがとうございました。

      • 武内 より:

        お返事いただきありがとうございます

        そうなんです!30年ほど前のお手紙でずっと実家に埋もれていたんですけど、見つけた時、すごく丁寧で綺麗な字で書かれていたので、ビックリしたんですよね。

        20代でしたが、飲みに行った時本当にゲゲゲの鬼太郎のような髪型とちゃんちゃんことゲタ姿だったんです!その後もそんな感じでいらしたんですね…

        こちらで知ったのですが、私と誕生日も近いんだ…とか、
        人生って本当に不思議…とか、思ってしまいまして。
        再び失礼いたしました。

        • masuminn より:

          武内さま

          ゲゲゲの鬼太郎そのものだったのですね。
          さすがに私の知る松山さんはそのとおりの格好はしていませんでしたが、想像がつきますし、若かりし松山さんの主張を感じる気がします。

          このやりとりを松山さんが見ているとしたら、喜ぶんじゃないでしょうか。

          私も年々、人生って不思議だ…と思っております。

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