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2022-08-01

母からの手紙

実家整理中につき、我が家の地下室の棚も整理していたら、懐かしい手紙の数々が。友人や、当時の同門のギター友など。

その中から、母からの手紙をより分けて祭壇へ↓↓

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社会人になり団地住まいから一刻も早く抜け出たかった私、23才で一人暮らしを始める時、7万円の大枚はたいて吉祥寺のインテリアショップで買った薬品棚。入荷待ちの人気商品でした。

今、私の想い出の品を飾る祭壇になっている。引っ越し先に合わないからと、処分しなくてよかった。このたび父母の写真と遺品が加わった。

母は独身だった私に、近況を伝えるハガキやバースデーカードをまめに送ってくれていたのだが、今思えば父がその頃からいろいろな病気に罹っていたのをおくびにも出さず、また私に対し結婚のプレッシャーをかける事もなく、元気か風邪など引いていないか、今度帰ったらみんなで何処どこへ行きましょうよとか、そんな内容に終始していた。書き出しは○○の花が咲いた、とかで始まって。

ある時私がアラサーだった頃の発表会の演奏を聴きに来て、私をギターの道の方にぽん、と背中を押してくれるような手紙もあった。多分迷っているのでしょうが、私達は期待します、と。その決断をするには決して若くはない時期に。

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この母のおかげで前だけを向いて好き勝手できて、で、今がある。久しぶりに読むと、やっぱりまだまだ頑張らないといけないかなと思う。

母とは、一緒に暮らしているとよく言い合いのケンカをした。が、離れていれば程よく気遣い合える関係でいられた。

だから、ほぼ突然失ったとはいえ、じわじわと毎日穏やかに喪失感を噛み締められている。

毎日曜早朝のソロドライブは湾岸道が空いていて快適で楽しい。朝食は実家近くのセブンで塩むすびを買って車の中で食べるのが決まりに。4月にはそうだったように、エンジン音に気付いた母がベランダに出てきてこちらに手を振る姿を今、無人のベランダに重ねて見る。

母の鉢植えを全部運び終え、総勢39鉢が狭い我が家に来た。そのため、バックで車庫入れする際の鉢を感知して鳴る警告音がうるさくてならない。

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コメント2件

  • 片岡美穂 より:

    ステキなお母様ですね。。。
    そして、その感性は、ちゃんと、真澄さんに受け継がれたんだとおもいます。
    今の自分があるのは、母のおかげ、と感謝の気持ちが湧いてきますでしょ。
    喪失感は、私も、今だに変わりません。
    それはそうだよね、と思います。
    だって、この体にながれていふ血は、全部、母からもらった血ですもんね。

  • masuminn より:

    そうですね、失くして初めて本音で思う、母への感謝です。
    もっとああしておけばよかった、という後悔の念もなくはないですが、それよりも、会って面と向かってあれこれお喋りしたい気持ちが強いですかねぇ。

    それはもう永遠にない、イコール喪失感だと思っています。死後のことはネットで調べても本当の所はわからないですしネ。

    片岡さんのコメントには誰にも同じなんだと思えて心強いです。

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