ランチライブの思い出
先日パーティー会場で演奏している最中、10年くらい前にライブハウスで月一でランチライブをしていたことを思い出しながら弾いてました。
ランチにはだいたい近辺で仕事している人たちが同僚などと集ってくるわけで、食事しながらお喋りに花を咲かせ、こちらの演奏なんて聴いているんだか聴いていないんだかわかりません。ライブハウスとはいえここのパスタはなかなか美味しくて(ギャラはない代わりに演奏者はパスタをご馳走してもらえました)、生演奏が流れていようといまいと関係なく皆さんランチに来ていると思います。
演奏を始める前に名前や挨拶を言っても反応なし。一曲終わっても拍手もなく食事とお喋りが続行しているだけ。いちおう曲の合間に話したりもするんだけど反応なし。(で、せいぜい曲名を言うくらいになっていったけど。)
同じお店でランチライブをやっていた知人から、「鍛えられるよ。だけど、かならず聴いている人もいるから。」と聞かされていて、まぁそういうものだろうな。慣れればいいんだと、特に嫌だとも思わず、良い経験になると続けていました。
先日も思いましたが、皆さんお話に夢中でいるようで、耳には入っている。もしそこに流れているのが聴いていられないほど酷い演奏だったとしたら、逆に気になって仕方ないと思うんですね。
「今日あそこのパスタ、行く?」「うーん、音楽が不快だから、いくら美味しくても嫌。」ってことも、有り得ると思います。
場が場だけに、皆さんが空気のように音楽を、あってないかのように気にしないくらいがちょうどいいんではないかと。
だから演奏で振り向かせてやろうという気負いも全然ありませんでしたね。
逆にこちらもあまり気にされてないと思うとだんだんリラックスして、「勝手に練習!」とばかり、これから本番に上げたい曲や難しい曲を弾いたり。
そんな中たまに人気曲なんかを弾いたりすると会場から拍手が起こることもありましたね。懐かしい。OLの頃、有休を取ってはランチライブに出ていたころのお話でした。
うわあ路上パフォーマンス感覚だね。こんなこと隠れて(はいない?)していたのか。若くて、そのくせ妙に悟ってて、面白い面白い。
ちなみに、どこぞのバーで生演奏があると聞けば、むしろ演奏につられて行く方かな、私は。時間がないので行きませんが。いや何が言いたいかというと、出し物は決して飾り以下ではないということ。
今はもうやらないのだろうから、美しい思い出だね。