猫は人の体調を察知する?
天気のいい休日に丸の内をクロスバイクで走っていた折、前方に停車中の車が見えたため歩道に乗り上げようとしたところ、それ程の段差はなかったのにタイヤが取られ転倒。やってしもた、イテテ。
まぁ自分も自転車も無事だったのですが、擦り傷を負った右脚と、右手親指付け根の軽い捻挫、左肋骨に痛みがあり、家の階段を不自由そうに下りる私を、猫のルイが怪訝そうに見ているのです。
「ルイ、今日は腕まくらしてあげられないからね」と声をかけて休みに行くと、どうやらルイは私を気遣ってかわかりませんが自分の寝床で寝ていたようでした。
夜中に私が起きたのに気付いて、自分の寝床からトン、と降りてくるのが聞こえました。まだご飯がもらえる朝じゃないとわかっているのか、私の横にやって来て、でもいつものように私に寄りかかる事はせず(何たって体重7kgに乗りかかられたら肋骨は痛む)、前脚の先だけちょこんと私の腕に乗せるにとどめて。
早朝の3〜4時にお腹が空いたルイに起こされるのはいつも通りなのですが、その起こし方が、いつになく優しい!私の眉から鼻筋にかけてチューをする如く。夢かと思った。(普段はパンチや甘噛みで少々手荒い。)
いよいよ朝が来ると今度は滅多に起こすことのない夫を、やはり鼻チューで起こしに行ったそうです。
事あるごとに夫は頭のいい猫だなー、と言いますが、私にとってはルイは初めて一緒に暮らした猫なのでその辺はわかりません。ただ、インコを飼っていた子供の頃も色々いたことを思えば、そうなのかなと。
翌日には身体の痛みも少し軽減して、この程度で済んでよかったのですが色々考えちゃいましたね。幸い厚めの手袋をつけていたために手は無事でしたが手袋には結構大きなダメージが…。
道や階段で転倒している人がいても通り過ぎて行く人も多いと聞く昨今、私の鞄から滑り出たスマホを拾ってくれ声をかけて下さった女性二人連れ。ほんとに有り難かったです。痛みとショックを取り繕うのが精一杯の笑顔にもならない顔で、お礼も満足に伝えられなかったと思いますが。。
それにしても単独だったからまだしも、車や歩行者と接触していたらと考えると怖いです。
話は逸れますが、重い機材を扱うスクーバダイビングもそうですが、手、大丈夫なんですか?と訊かれたことがあります。が、大抵は私じゃなくても皆さん普通に手を使ったりするのではないでしょうか。でも訊ねられた方の知り合いピアニストは包丁も握らないとか…。
その時ふと考えて、自分が大演奏家だったらもっと手に神経質になるのかなあ、と。でも凡人ですからそこまで生活に制限を設けてしまうと今度は人生の楽しみの部分が減ってしまう。
ということで、これからも気をつけて乗ったりものを持ったりしよう。
春の黄色フォトシリーズその4?:::::::::::::::
アガパンサスの茂みに顔を出す水仙。地中ではきっと根が生き残りをかけて熾烈な場所争いをしているのかもしれません。
痛みはかなり引きましたか。
猫は単独行動の上、ルイ君は雄だから母性本能とも関係ないが、生活を共にする生物というのは、種を超えてやはり自然に労わり合うのではないだろうか。
話は少しとぶかもしれないが、ある社会学者が、「カップルがすぐに壊れる社会は、脆い社会だ」と言っていた。カップルは社会の基盤だからだってさ。私はそれまで、離婚(離別)しやすい社会が理想のように思っていたのだが、これを聞いてちょっと考えが変わった。この学者は批判するわけでなく、ただの結論として述べていたのだが。
確固としたカップルの次に家族があって、結束した家族が集まってコミュニティとなる。すると、苦境に陥っている他人でも自然に助けるという環境が出来上がってくるということかな。
ルイ君はしっかり家族の一員で、他人に無関心だと思われていても、まだ人助け精神が生き残っている社会の一面を垣間見た。これを認識できただけでも、転んでよかったと。。。思えるわけないか。転ばなくてもそれが分かる社会がやはり理想だよね。転んでも転ばなくてもルイ君は虎、いや、可愛いし。