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2020-08-06

駅前にて

猛暑日突入。暑い… 駅前のスポーツクラブのプールでひと泳ぎしてクールダウンして、夕方からのレッスンへ向かおうと駅の入り口へ。誰かが私を呼び止める。私はこういう所でもともと立ち止まっている人が近づいてくる時、とても警戒するのだ。勧誘とかされる年頃はとっくに過ぎたが。

すみません…と小さな声で寄ってくるその気配に、無視して通り過ぎようとしたけれど、チラ見すると東南アジア系の女の子だったので、迷ったけれど何か困ってるのかも、と思い直し「はい?」と向き合った。

で、ラミネートされた小さなプレートを見せられる。パソコンで書いて印刷した文字だけど不自然さはない正確な日本語で、「私はアジアからの留学生ですがコロナで生活に困っています」という内容が5行くらい書かれている。これを言われてしまうとねぇ…。

「お菓子を買ってくださーい」と私に彼女は肩から掛けたバッグを見せながら言う。

学生の時、旅行で行ったロンドンのマダムタッソー蝋人形館の出口でなにかの慈善団体のように名乗る人たちに寄付を迫られたことを思い出す。理由は忘れだけど、後で思えば明らかに不自然で、ぼったくられたという思いだけが残っている。

今この目の前にいる女の子。自ら実行してるにせよ元締めがいるにせよ、どちらにしても楽じゃないだろうな…という気持ちがはたらき、わかった。「幾ら?」と聞くと500円と言う。人を見て値決めしてるかも、とも思うが「500えんー⁉︎」と私。高いね〜!と思ったのが伝わったかどうか。

仕方ないなあと彼女には映っただろう、鞄の中から財布を取り出す私が。実際面倒で「私キャッシュレス派だから現金ないの。ゴメンねー、」と去ることもできたよな。とか考えながら、500円玉一枚を渡す。いや、たまたま財布に500円玉あったのを分かっていたからそうしたけど、細かいのなかったら断われたか、ええいと千円札あげちゃうことができたか、は自分でもわからない。

と、その子がお菓子の包みをひとつバッグから取り出しわざわざビニール袋に入れてくれる間、考えていた。

ニッコリ営業スマイルで私にお菓子を渡しながら彼女は「やさしさをありがとう。」と言った。それを不自然に感じながら、私は彼女に言うべきか迷った、「頑張って。」をとうとう言って、駅に向かった。

駅に向かいながら考える。あれは普通に「ありがとうございます」の方が自然なんじゃないのか。日本語も不自由な留学生が「やさしさをありがとう」はないんじゃないか。生活に困ってる割にはラミネート加工はしっかり出来ていたし、やはり元締めの手先なのか。

意外と私のように足を止める人もいるのかもしれないが、無視して行く人も多いだろう。いずれにせよこの暑い中(故郷はもっと暑くて慣れっこかもしれないが)日本語もできないで(できないフリというのもあるのだろうか)通行人に声をかける… 私だったら、よほど困ってないとできないだろう。

500円と交換したお菓子を開けてみる。マシュマロの周りにチョコがコーティングされココアパウダーがまぶされ、個包装されたものが4こ。手作り感があり当然製造元などの表記もなくアジアの国ではこういうのは普通だろうが、衛生的に気になりながらも口にしてみた。いかにもな味と食感でした(日本製ではないということ)。

もともとマシュマロ苦手だけど飴のように歯に粘り付きもうこれ以上食べられないし、今日こんなことがあった、と生徒さんに話しながらお裾分けする訳にもいかない。ごめんなさい、廃棄したけれど、寄付したと思えば気持ちの整理はつく。

救われる人がいるならそれはあの女の子だろうが誰でもいい。今までいつも通るあの場所であんな出来事はなかった。困っている人にとって500円は僅かだろうけれど、帰り、仕事後の一杯、いつもの居酒屋で、いつもより500円少なく飲んじゃった。ケチったんじゃなく、また次もそうして飲む1杯分何処かに寄付したらいいのかなと。

 

 


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コメント2件

  • Miou Kitamura より:

    私は神様とか信じていないっていうより、存在していてもいなくても、どうでもいいと思っている。
    が、神様の思考というのがあったら、こうではないだろうか。

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