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2016-07-19

聴衆とつながる

いよいよ本格的な夏ですねー。
むしむしベタベタは嫌だし日焼けも困りますが、でも夏は好き。海や山へは行きたいタイプです。
実は15年前にCカード取得したスクーバダイビング(当時40本潜水で打ち止め)を、今年は再開する計画です。

さてこの(私には)思い出深いサイトも、契約終了が2か月半後に迫ってまいりました。
このブログの引っ越し準備にとりかかることにしました。
ブログは積み重ねが資産になるという事はよく言われることですが、自分でやってみて初めてそのことを実感しています。

ちょうど来年のコンサートの企画も始まろうとしているところで、これを機にマスミンブログとして引き継いでいきますので、今後ともよろしくお願いいたします。まだ時間が必要ですが、移行ができましたらこちらでお知らせしたいと思います。

さてさてタイトルの、聴衆とつながる、ですが、ジャンルを問わずよくプロミュージシャンが話すのを聞いたり読んだりします。
演奏していくうちに聴衆の反応が伝わってきた。それをエネルギーにますます演奏に集中することができ、最高のパフォーマンスで、聴衆と一体となって会場全体が熱気につつまれる、という。
それって(演奏者としては)どういう感じなんだろう。と、昨日、ある集まりでそんな話になったとき私が言うと、その場にいた一人に「それ、感じてないの、これからの課題だね。」と言われたのです。
そのような演奏が繰り広げられている時というのは、客席ではみんな聴くことに集中して物音もしない。物を床に落としたり、ビニールのガサガサ音なんて、本当に音楽に惹きこまれていたらそんなことすら起こらない、という話もでてきて、ちょっと面白かったです。客席にいるとけっこう雑音って普通にありますから。

もちろん私は聴衆との間に壁を作ったり、聴衆を「いないものと思って」演奏に集中しようとしているわけではありませんが、・・・。まずは、礼のときにひとりひとりに目を向けるつもりでもっと客席を見渡すべきかな。うん、たしかに体は客席を向いてはいるが、目の焦点をあえてぼやけさせ、誰とも目を合わせないようにしていることは間違いない私。
「気」というものを回すことができるスピリチュアリストのような人ならともかく、演奏しながら『感じ取る』のはあまりにつかみどころのない感覚と想像する。実際は、合間に聴衆の顔が見えることで、反応を得ているのではないの?などと昨日から考えていますが・・・経験を積んでいくことでしか見えてこないのでしょうか。

モデル気取り?

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